幸運とツキは限りがある

幸運とかツキってやつは限りがあって、例えば宝くじに当たるとか大きな幸運を手にしてしまうと、もうその人は自分の持ち分の幸運を使い切ってしまって、幸運がやってこないって感じの、幸運有限論みたいな考えを持っている人が少なくないような気が致しますが、今回のコラムはそんな取り留めのない事を書いてみようと思います。

先ず、サイコロとかルーレットの正解でもラッキーってのは存在(するように感じる)致しますが、これも長い目で見ればちゃんと統計学と確率に基づいた結果に限りなく近づいて行くので有りますから、たまたま3回連続で大当たりした場合で考えますと、3回連続で大当たりした時点で4回目も大当たりする確率は限りなくゼロに近くなりますので、有る意味、幸運(ラッキー)には限りがあるって言えると思います。

但し、たたたま大きな幸運を手にしたから、自分の幸運を使い果たしてしまったって考えるのも早計な話で有りまして、そもそも一生のうちに手に出来る幸運の総量が決まっていたとしても、その総量を誰も知らないわけですし、人それぞれ違うのか、一人一人に同じだけ有るのか、使い切らないうちに人生が終わってしまう人も沢山いるのか誰にも分かりませんからね。

まあ運とかラッキーってのは限りもあるし、そうそう頻繁に訪れる事も無いし、もしかしたら一生の間に一回も幸福の女神がやってこない事だって、当たり前のように有るのだから努力して自分の力で運命を切り開きましょうねってのが一番良い考えでは無いでしょうかね?

逆に良くないと思うのは、幸福を手にした途端に自分の持てる幸運とかラッキーをこれで使い果たしてしまったと考えて、消極的になってしまったりうつむいてしまうってのが一番良くない事のようで、そんな事していましたら本当に幸運は何処かに逃げていってしまいますし、二度と幸運がやってくる事は無いでしょうね?

そんな訳ですから、私が思う人生における基本的なスタンスは常に前向きに幸福を全力で追いかけて頑張るってのが一番良いと思いますね。

追伸
幸福の尺度って人によってもの凄く違いますよね、オームレスの人だったら頭上から500円玉が落ちてきたらラッキーだって思いますし、逆に富豪の身に同じ事が起こったら決してラッキーだとは思わないでしょうからね。
そうしますと幸福の量を計るとしたら人によって尺度(単位)が違うって事でしょうかね?元々目にも見えず匂いもないのが幸福ですからね。

本コラムのAI朗読